works 01 高尾山 「祈りの繭」
2008年の11月、私は「高尾山を守りたい」という想いを集めて、バリケードを作ることにした。
バリケードとは、侵入を防ぐための障壁、対立する境界。
本来、重くて 硬くて 尖っていて いかめしいものだけど、
私は多くの人の「守りたい」という想いがつながった
「やさしさのバリケード」を作ろうと思った。
すべての人の心の奥底には、自然を大切にしたいという気持ちがあるはずだ。
人間も自然の中から生まれた生命のひとつだから。
人間は、ごく最近になって狂気に取り付かれただけに過ぎない。
これ以上破壊を繰り返しても私たちは幸せになれない、ということを多くの人が知っている。
誰もが持っているはずの自然と命に対するやさしさ、思いやり、ぬくもり・・・そこにはたらきかけることが、私の希望だ。言葉や立場を越えてダイレクトにからだに響くメッセージを発する「かたち」を作り続ければ、ふと立ち止まって考え始める人も出てくるんじゃないだろうか。
高尾山は東京の西端にあり、標高は599mに過ぎないが隆起してできた縦に走る地層によって豊かな水脈が流れている。この水脈が1300種という驚くほどの植物を生かしている。その植生が500種の昆虫、そして130種の野鳥が生息するという世界でもまれに見る豊かな生態系を作っている。
古くから日本人はこの山を信仰の対象とし、修験道の修行の場や天狗の伝説が残っている。
この高尾山に高速道路「圏央道」を通すためのトンネルを掘る計画がある。「圏央道」は1988年から工事が進められているが、その予定地では多くの反対があり、いまだ10%も進んでいない。
高尾山をまもろうというグループの「虔十の会」との出会いがあり、私たちはいっしょにアクションを起こすことになったのだ。
「虔十の会」は高尾山の中に「デッキ」を作った。「デッキ」は木の幹に渡した幅5mほどの床板で、屋根がついていて人が登ることができる、いわゆる「ツリーハウス」だ。高尾山一帯は国定公園であるため建造物の増築は認められていない。「ツリーハウス」は接地する基礎がないので法律上の建造物にはならず、しかし個人の所有物としての権利が発生する。世界中の森林保護運動で「ツリーハウス」による抵抗が行われている。この「デッキ」はトンネル反対の牙城となり、ライブやヨガのワークショップ、落語なども開かれ「楽しい座り込み」が行われてきた。その「デッキ」が国土交通省によって力づくで取り壊されようとしていた。「デッキ」が取り壊されれば、そのままトンネルが掘られてしまう。
私は、この「デッキ」を高尾山そのものに見立て、このデッキを守るバリケードを作ることにした。
呼びかけ
11月17日を過ぎれば国土交通省は取り壊しを始めることができるとのことだった。残された時間は10日あまり。しかも「バリケード」を破りにやってくるのはお金で雇われた作業員たち。「壊せ」と命令を受けて向かってくる人たちに「壊したくない」と、職を捨てることになるかもしれない決断を促すほどのものを作れるのか?
人を立ち止まらせ、自分の行動を根底から考え直させられるものとは何だろう?
単に美しいだけのものにその力はない。私は、数えきれないほど多くの人の想いを並べようと思った。大勢の人が集まって立ちふさがり、なおかつその姿が美しい。それを実現してみよう。
私は、「守りたい」という想いをこめてドリームキャッチャーを編んで下さい、千個集めて高尾山を守るバリケードを作りましょう、と呼びかけ始めた。ドリームキャッチャーは、輪と紐さえあれば単純なくり返しで、誰でも作ることができる。単純なのに同じものが二つとできることはなく、その編み目にはどことなく編んだ人の性格や個性が滲んでいるようにも見える。そして習った人が、すぐに次の人に教え伝えることができる。限られた時間で私一人が教えられる人はわずかだろうから、これは非常に大事なことだった。連鎖的に広がっていくことが重要なのだ。
初めてのワークショップを11月8日に代々木公園で開き、30人くらいが集まってくれた。その日はあいにく雨だった。集まった人たちは冷たい雨の中で黙々と編んでいた。私は、晴れた芝生の上でワイワイ楽しく作ろうと考えていた。そんな能天気なイメージが裏切られた光景の中で、私は「これは遊びじゃないんだ。」と思った。静まり返った中に「守りたい」という真摯な想いが満ちていた。その姿を見て、私はやれる限りのことをやろうと心を決めたのだった。雨が降ってよかったのかもしれない。そこに集まった人たちは、教え合い、習い合いながら暗くなるまで一心に編み続けた。通りかかった人が「何してるんですか?」とたずねた。高尾山のことを説明すると「いっしょに編みます。」と参加してくれる人たちもいた。
カフェやレストラン、本屋さん、いくつものお店が協力を申し出てくれ、翌日からたくさんのワークショップが開かれた。メールや口伝えで呼びかけをまわり、大勢の人が参加し始めた。ワークショップを訪れると、たくさんの人に出会った。毎日ドリームキャッチャーが高尾山に運ばれた。
たくさんの人がそれぞれの手で作った、二つとないドリームキャッチャーを千個集めて、私は「守りたい」というたくさんの人の想いを「かたち」にしたかった。ドリームキャッチャーが集まって、「デッキ」を包み込む「繭」を作る。「繭」は守ることを現し、その中で変身するための殻であり、再生も意味している。私はそれを「祈りの繭」と名付けた。
11月の15日と16日の二日間で私たちは高尾山の「デッキ」でドリームキャッチャーを組み立て、「繭」を作った。この間、高尾山の別の場所でたくさんの人が集まってドリームキャッチャーを編み続けていた。造形や手仕事を生業にする人たちが集まって「繭」を作る作業に参加してくれた。彼らの協力なくして「繭」はできなかった。彼らのことは「links」を見てほしい。
ドリームキャッチャーを制作現場になった「デッキ」のある場所は、元々は甲州街道から歩いて2, 3分のところだった。しかし、そこへの道を国土交通省が「安全のため」という理由で封鎖してしまった。私たちは、山を二つ越えなければたどり着けないようになってしまった。国交省に雇われた作業員たちや私たちを見張る者は専用の道を通って車で乗り付けていた。私たちは、自分たちは使えない道路に並ぶ車や巨大な工事現場を見下ろしながら、荷物を抱えて急な斜面を昇り降りした。身をもって世の中の不公平を知った。こうした仕打ちは暴力だと思う。税金という本来公平に使われるはずのお金を武器に、一方的に力づくで反対意見を押さえ込んで開発という名の破壊を進めている。それは世間の無関心に支えられている。
本当に正しいと思うことをやっているのなら清々堂々と向かい合うべきだと思うが、本当にこの計画を推進している人間は決して姿を現さない。私は人間の知性を信じている。人間が真に知性を持っているなら、話し合うことが大切だ。広く平等に話し合うことで私たちは最良の道を見つけられるはずだ。しかし、実際は平等な話し合いの機会はなく、力づくで物事が進んでいく。私たちは民主主義という名の欺瞞を捨て、本当の話し合いの方法を見つけなければならない。